お葬式を簡素にするのは難しい

葬式には金が掛かると聞いていたが、大阪で探せると散骨業者を自分でやって見てそれを実感した話です。
祖母の葬式を入院中の母に替わり私が仕切りました。わずかな費用で大阪で出来る直葬と祖母の臨終に病院で立ち会った私は、先ず母が費用の積み立てをしていた葬儀社に連絡を入れ遺体の回収・安置を頼みました。
できる大阪で家族葬をと思ったが担当の方から葬儀の細かい打ち合わせは翌日葬儀社内で行うと聞かされ、その日は家に帰り寝て翌日駅近くの葬儀社に向かいました。

葬儀社での打ち合わせでは家族で出来たら大阪の家族葬をしようと葬式の日時を決めるだけだと思って臨んだ所、式の日取りは葬儀社側の提示する余り選択肢の無い実施可能日時で決めるしかなく(勿論余り長く安置はできない理由が有りましたが)大阪で失敗しないお墓の探し方が簡単に決まった後のその他の打ち合わせが長くなりました。

積み立ては基本コースでのもであり、オプションを次から次へと提示されました。
大阪でも豪華な生花祭壇の家族葬ならお棺一つにしても基本は単なる木製の箱でしたが、オプションを見せられるカタログには布での装飾が施された立派なものが並び、遺族としては少しでも立派な奴にしてやろうと思う気持ちを煽りました。松竹梅じゃないですが、梅の陳腐さを見せられると松まで行かぬとも竹を選んじゃうのが人情ですよね。
金額が張る祭壇の飾りから小物の骨壺迄全てそんな感じで、積み立ててある基本料金に上乗せする額がどんどん増えました。
結局、積立金の7割り増し程度の料金となりましたが、人の弱味と言うか、悲しみの中に居る人の心の隙間に入り込んで来られると、中々安い方でと言えない己に気付かされました。

死者を送ると言う葬式と言う儀式は誰の為にやるのか? 当然、送られる死者の為なのだが、それを豪華にしてやろうと思うのは、死者の為だと装う残った者の見栄なんじゃないかと考えてしまいまう私は、自分の家族に最低限の家族葬を行う様に伝えています。
しかし簡単に結論を出せない非常に難しく微妙な問題ですので、もう少し慎重に考える事にしました。