2年前に肺がんのため、91歳であの世へ旅立った祖父。葬儀を松原で行えるなら子どもも多く祖母(祖父の妻)も健在だったため、葬儀をどのようにするか病床にいるころから、兄弟間で何度も話し合いがもたれていました。

恥ずかしながら、現代の葬儀とインターネットの関係性を裕福な家系ではないので豪華な葬儀はもともとすることはできなかったのですが、かといって、田舎なので、知り合いや縁戚の方も多数おられることから、「質素すぎる葬儀もできない」という兄弟たちの見栄もありました。

格式と伝統を重んじる大阪の家族葬を私は孫という立場でしたので、客観的に兄弟たちの様子を見ていたのですが、意見がまとまらず争う様子に、現実と見栄に挟まれた人間の闇を見る思いでした。

女兄弟はできれば豪華な葬式をしたいと思っているのですが、出来るだけ大阪で家族葬をと思いながら現実としてそれを賄うお金はありません。男兄弟は、「葬式なんてしなくていい」と言い放つこともあり、時に殴り合いになるほど争うこともありました。

そうこうするうちに、祖父の容態も悪化し、直葬を本当に大阪で行うとするならいよいよ明日明後日の命という状態になり、葬式の選択を迫られることに。

最終的に、読経ができる兄弟の知り合い(一般人)を僧の代わりに呼び、家族葬の形で葬儀をすることになりました。散骨で少ない人数を大阪で祭壇も近所や親戚から借りたり、棺桶も縁戚が持ってきてくれることになったりして、自給自足的ではあるものの、なんとか葬式の体裁を整えることができました。

そして、葬式の準備が整ったのを見届けたように、祖父は逝きました。
葬儀もなんの滞りもありませんでした。田舎だからできた家族葬かもしれませんね。